「あれだけ言ったのに……。」
「あの時ちゃんと確認したのに、いったい何聞いてたの?」
留学生と接している時はもちろん、それ以外の日常生活の中でもこういうことって結構ありませんか?
そのために、なんでもないことのはずが、とんでもない誤解を招いてしまった。あるいは、えらく時間を食ってしまった。
しまいに「言った。言わない。」のけんかになったら、これはもう最悪のパターンです。
でも、こんな時こと「言葉ははっぱ64」という言葉を思い出してください。
「言葉ははっぱ64」というのは、
自分の言いたいこと・伝えたいことを100%とすると、それを自分が実際に言葉で表現できるのはせいぜい80%。そして、その80%のうち、相手がちゃんと理解できるのは、これまたせいぜい80%。
つまり、自分の伝えたいことが相手にちゃんと伝わるのは、最大で80%×80%=64%というわけです。
最大で64%ですから、どちらかがちょっと気を抜けばあっという間に、40%、30%と知らないうちに下がってしまう。
言葉によるコミュニケーションって、実はその程度のものなんだそうです。
だから、私達は言葉の伝達力の限界というものを充分理解して、足りない部分をしっかり補うようにコミュニケーションに努めることが大切だというわけです。
もちろん、この数字は同国人同士での場合であって、留学生と日本人教員の会話となると、そのパーセンテージはますます下がるはずです。
でも私にとっては、それが返ってよかったりします。
なぜなら、言葉のハンディが逆に分かり合えたり共感できたりする喜びに反転する瞬間を、結構な頻度で体感できるからです。
基本的にコミュニケートしにくい関係であるのは最初から分かってるわけで、それを克服しようとする努力が報われるわけですから。
だから言葉が通じない空間というのは、それだけでとても面白いと思います。
日本人同士だとこうはいかないかも…。(そうでもないか?)
そんな所にも日本語教師の魅力があるのかなあ、って思います。
2007年06月19日
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初級の学生であればあるほど、コミュニケーションはむずかしいですが、伝わったときの感動は何倍にも。
昨日はビデオ、ありがとうございました。
早速、鑑賞とダビングさせていただきます。
日本人同士だと「通じ合えるものだ」と安易に考えるけれど、
留学生に対する場合、
外国人の友人に対する場合、
最初から通じにくいことを前提にしてはなすので、
かえって言葉を大切に考えて、会話に臨みます。
でも、やっぱり、
留学生に対しても
「ちゃんと聞いていなかったの???」と
目を三角にして注意することはたびたびです。
しかも、こちらが口酸っぱく何度も確認したことに限って、上手く伝わっていなかったりします。
学生自身が、まだ自分の置かれている状況を理解していない時など、顕著です。
そんな時は「学生も実はいっぱいいっぱいなのかな。」と思ったりします。
haru様の学生さんはいかがですか。